春から司書として働くことになりました!!!!
こんにちは。
私ごとではございますが、この度公務員試験に合格いたしまして、
春から公共図書館の図書館司書として働くことが決定しました!
6月から公務員試験が始まり、時間とお金の許す限りたくさんの自治体を受験し…
周りの友人が早々と就職活動を終える中、自分だけ12月まで就職活動を続けるというのは精神的にもきつい部分も多々ありましたが、高校生の頃から司書という仕事に憧れ、大学生活も司書になることを目標に努力をし続け、これまでの全てがようやく報われたような気がしていて、私自身安堵の一言では言い表せないような不思議な気持ちと余韻に浸っております。
この合格というのは、あくまでもスタートラインですので、これからも学ぶことを止めず、司書としてのスキルの向上に励んでいきたいと考える所存です。
ここまで稚拙な文章を読んでいただき、ありがとうございます。
今後とも不定期に更新していきますので、よろしくお願いいたします。
お久しぶりです。
もうすぐ12月。
大学4年の私に残されたモラトリアムもあとわずか。
来年から私は司書として働けているのでしょうか。
【検証】”歴史アレルギー”男の下剋上
こんにちは。
私は現在就活中の大学新4年生です。
いきなりですが、公務員試験は幅広い知識を問われます。
勿論それは個人の得意不得意を加味されません。
そんな中で私の圧倒的な不得意科目は歴史(日本史・世界史)です。
高校時代は歴史から逃げるためだけに理系に進むほどの典型的な”歴史アレルギー”です。
大学受験では逃げるという選択肢が取れても、公務員試験ではそうもいきません。
それに、どの時代が問われるかもわからないときました。これはピンチです。
否、学問を楽しむチャンスです。
ということで自信を被検体として検証することにしました。
”歴史アレルギー”は短期間死ぬ気でがんばったらどこまで歴史を好きになれるのか!
使用する教材は、
『一度読んだら絶対に忘れない日本史の教科書』 山崎圭一著
『日本国紀』 百田尚樹著
の2冊です。楽しみながら覚えたいという甘えもありつつ、ほろ酔いでブログを書かせていただきました。
酔いが醒めた明日には忘れないことを願って眠ります。おやすみなさい。
学歴コンプレックスについて考える
お久しぶりです。
最近就職活動に追われてしまって中々ブログを更新できませんでした…
(まだ終わってない…公務員試験の勉強つらひ…)
タイトルにもありますが、今回のブログでは”学歴コンプレックス”という単語について
考えていきたいと思います。
インターネット上で学歴について取り上げるのは荒れる。
人前で政治と野球と宗教の話はするなと言われてきましたが、学歴の話題も似たようなものを感じるというか、そう感じざるを得ないぐらい色んな意見が飛び交うなぁなんて感じています。
そんな考えもありながら、なぜ今回このような話題を取り挙げようかと考えたかというと、理由は2つあります。
1つ目は、現在行っているの就職活動の中で感じたこと
2つ目は、学習塾でのバイト、その教え子の国公立大学の入試が終わっこと
この2つの理由から学歴コンプレックスという言葉について改めて考えさせられたので今回はこのことにおける私の意見を執筆させて頂きたいと思います。
なお、ここでの意見はあくまで私の価値観なので、あまり深く受け取らないで頂きたいです_(._.)_
初めに、正直私は大学1年生、2年生の頃は所謂学歴コンプレックスの塊でした。
というのも、私の出身の高校が地元だとぼちぼちの進学校であったこと、一緒に勉強を頑張った友人がみな、旧帝国大学をはじめとした国立大学に合格していく中、自分だけ不合格となり、地元から一番近くの偏差値でいえば50前後の私立の大学に行くことになってしまったこと、これらのことに引け目や劣等感を感じた私は今思い返しても、
”痛い”という一言で一蹴できてしまうほどの学歴コンプレックスの塊でした。
「自分のレベルとはあっていない」という思い込みとしょうもないプライドで同じ大学の同級生を見下し、サークルや部活にも所属せずに引きこもって仮面浪人をするという、本当に無駄な時間を過ごしたなぁと大学生活を残り1年残して後悔しています…。
今となっては高学歴≠高偏差値の大学で「学士」「修士」「博士」に意味がある、
高校時代の先生たちが耳にタコだできるほど言っていた
「どこに行ったかではなく、そこで何をしたかの方が大事だ」という言葉の意味が
身に染みてわかります。
ただ、世間的にはそうではなくて、大学の同期には
「俺たちは学歴がないから大手企業は無理だ。」とどこか諦めたことを言う人もいますし、実際自分が就活を初めてみて、大手の説明会などに参加した際には、自分以外全員誰でも聞いたことのあるような名前の大学の方々ばかりで肩身の狭い思いをしたことも事実です。
大学4年間の活動<高校3年生時点での偏差値
というような風潮はとても世知辛い世の中だなぁなんて、常々感じます。
大学生活を送っていく上で、「大学なんて正直どこでもよくね?」と考えが変わったように、社会人になればまたこの考え方は変わっていくんだろうな。とは思いますが、現役の高校生(当時自分がそうだったように)は大学受験に成功すること、より偏差値の高い大学にいくこと=人生安泰のような思考に陥りがちであり、学習塾でバイトをするようになってそのような考えに苦しんでいる現役生も見てきましたが、未だにそのような生徒にかける言葉の正解がわからないです。
自分の恩師の先生がしてくれたような
「どこに行くかより、何をしたかだ」なんて言っても、それを体現できるような説得力のある人間ではないので…
なんなら当時の自分はこの言葉をかけられる度に「んなわけないやろ!」と内心思っていたぐらいにこじらせていたので…
この時期には受験で第一志望にいけた人、そうでない人が明確に分かれるので、指導者としてどうしたらよいのかわからず殴り書きのような、体裁の整わないブログを書いてしまいました。
私の支離滅裂な文章を最後まで読んでいただきありがとうございます。
是非皆さんの意見もお聞きしたいです。
サンクコストについて考える。
こんばんは。
タイトルを見た方は「は?サンクコストって何やねん。」
そう思ったかも知れません。
安心してください。
僕もよくわかってません。(笑)
じゃあなんで急にサンクコスト?って話に戻るのですが、
今日大学で受けた金融論の講義の中で習った単語でして、
21にもなって未だに習ったよさげの単語はすぐにつかいたくなる中二病なので、
今日はサンクコストについて記事を書いていきたいと思います(支離滅裂な理由)
【サンクコストとは】
サンクコスト:埋没費用。sunk cost。既に支払ってしまって帰ってこない費用のこと。
サンクコストの呪縛:当初の投資費用に引きずられて、判断を誤る・不合理な判断を
行う。
という2つの経済学用語についての説明を聞いた時に、絶賛進路について悩み中の私はこの2つの語から考えさせられることがあったので、備忘録の意味も込めてブログに残しておきたいと思います。
まず、サンクコストの呪縛というものは株式投資の時だけでなく、多様な場面で目られるよな。と思いました。
私は現在学部卒後に就職するか大学院に進学するかで迷っています。
ここでも2つのサンクコストの呪縛が発生しています。
①就職について考える場合
私は第一希望は某日本で一番所蔵数の多い図書館の一般職または公共図書館の司書なのですが、子どものころから「図書館の司書さんになりたい!」とは考えていましたが、折角大学にも行ったし、司書資格も取るし、図書館情報学の論文もたくさん読んだし云々かんぬん…といった今まで自分がかけてきた金額と時間と労力を理由に志望先を考えている。安直に公務員にならなければ…となってしまってるのではないか?と自分を見つめ直しました。就職について考える上で(もうすぐ就職解禁ですが…)視野をもう少し広くして民間や地方自治体の研究も行っていこうと思いました。
②院進について考える場合
私は図書館の司書として現場で働きたいという思いと同時に、大学院に進学して図書館情報学研究をしたあと、大学の司書課程の教員、研究職として飯を食いたいという思いもあります。今どきリカレント教育なんて当たり前にあるし、社会人大学院もあるから一度社会人をしてから自分で稼いでアカデミアに戻る。というのが今の私には最良の選択肢なのだろうな。と思う反面、今の気持ちが熱いうちに学部卒でストレートで大学院に進学したい気持ちも強いです。(私の性格上ダラダラといつまでも行動にうちさないということもありそうなので)
親に相談したところ「かかった金なんて後で返せばいいんだから、今は余計な心配戦でやりたいことしんさい。」と私の大学院に進学には比較的肯定的なのですが、
ここで本題のサンクコストの呪縛の登場です。
大学院を修了した後、27歳になっている私はちゃんと稼げる仕事につけるのか。
研究職、大学の教員のポストがなかったらどうするのか、親にしてもらった27年分の教育投資をすべて水の泡にしてしわないか、第一博士号を取れるような成果、論文を書けるだけの研究者としてのポテンシャルが自分にはあるのか…etc
というように心配事を挙げたら尽きることを知らず、
「確率低めのリターン少ないギャンブルにかけてみてくれぇ」なんてこと言うようで、
親にこれ以上学費の負担を任せるのは気が引けてしまいます…
公務員試験も早いとこであと4か月弱、大学院の出願も半年無いというのにいつまでも優柔不断な自分に嫌気がさしてきます…
この調子じゃどっちも中途半端でニート一直線です…
といった具合でネガティブはブログの中で消化させまして、そろそろ締めたいと思います。
サンクコスト(sunk cost)は埋没したというネガティブな時に使って、
親に対してはみんなサンクコスト(thank cost)の精神をもってこれからも感謝を忘れずに行きましょう。
早く実家に帰ってお母さんの角煮とエビチリが食べたいです。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
大学入試共通テスト
こんにちは。そしてはじめまして。
本日初めてブログを更新させていただきます。
ニックネームは”くさを。”と申します。
これからのブログは読んだ本の備忘録や図書館について書いていこうと考えていますが、本日は共通テスト2日目ということもあり、自己紹介も踏まえて私の受験エピソードについて書いていこうと思います。
初めに、私は現在大学3年生で、私が現役生の時には共通テストではなく、所謂センター試験でした。
センター試験最後の年の代ってのはちょっとエモいですよね。
予備校でバイトをする上で生徒は全員共通テスト世代なのでついセンター試験と言ってしまうのは2,3年の差とは言えジェネレーションギャップを感じますが…
とまぁ余談はさておき、本題に移ります。
最初に結論から申し上げますと、私はセンター試験でおおこけしまして今は地方の私立大学に通っていますので、予備校で偉そうに先生をしていますが決して勉強は得意なほうではございません。
私が受験勉強を本格的に始めたのは高校2年生の時でした。
きっかけとしては田舎とは言え、進学校(自称)にいるということと、自分語りになってしまいますが高校1年生の時には全国大会に出場するほどの強豪校の部活に所属していましたが、自分の体格や経歴にコンプレックスを感じて精神的な病にかかってしまい途中で部活をリタイアしたことによる劣等感から始めました。
中学生の頃から漠然と図書館司書か学校の先生になりたいという思いが強く、当初は”筑波大学情報学群知識情報図書館学類”を目指して勉強していました。高校2年生から勉強を頑張っていましたが、持ち前のポテンシャルの低さなのか、勉強の仕方が下手くそなのか(間違いなくこっち)、入試直前の模試までずーっとE判定で、親からも勉強の才能内から働けと言われるほど勉強ができませんでした。
受験勉強の日々は本当に辛かった記憶しかありません。途中で部活をやめた半面妥協できないというプライドや、伸びない成績の毎日、しまいには部活のために片道約1時間の高校に通っていたことによる、気の合う友だちのいない孤独感。思い出すだけで涙がでそうです(笑)
そんな日々も一転して高校3年生の一番最後の模試で過去最高点の点数をたたき出しまして、担任の先生からも「よくがんばったえね。この調子なら志望校狙えるよ。」なんて言われるほどぐーんと成績が伸びたんだから自分でもびっくり。いけるのかもしれない。自分のやってたことは間違ってなかった。って結果返却された日にはすんごい泣きました(笑)→メンタルぶっ壊れすぎやろと今になって思います。
でも逆にそれがプレッシャーになってしまいまして、今でも忘れません。迎えたセンター試験本番。
満点を狙えるぐらい得意科目だった現代社会のテスト中に
「あれ、アダムスミスとケインズどっちがどっちやっけ…???」
でパニックを起こして試験中に過呼吸からの嘔吐により試験どころではなくなってしまい、試験終了。
筑波大学どころか国公立大学の出願もできず、実家から通える私立大学に進学することになりました。
正直ガッツリコロナ世代ということもあって、不本意入学した大学で1年と2年は大学を辞めたくて辞めたくてつらかったのですが、そんな大学生活に転機が訪れた話と今の大学が大好きになった話はまた後日。